今日は小牧山へ行ってきました。
「愛知の130山」という本を購入し、いつまでかかるかわからんけど全山踏破しようと目標を立てたわけです。
思い立ってからわずか2ヶ月足らず、まだまだスタートしたばかりというところです。
現在のところ4峰目、妻の趣味に引きずられるように始めた山歩きですが、空気は美味いし、頂上に立ったときの爽快感、健康的だなぁ~という自己満足も感じられて、こりゃまあなかなか良い趣味ではないかと思っているところであります。

中高年の山の事故が増加していると報道にありましたが、我ら夫婦は低山であっても慎重に装備を整え、天候や体調が怪しい場合は中止するというモットーでやっております。決して無理はしません。

今回の小牧山は山頂まで約10分、まあハイキングコースみたいなものですから、手提げ袋にマックのハンバーガーをぶら下げて歩きました。

市役所の裏庭といったところでした。標高はわずか85.9m、三角点から間近に市街地が見えていました。
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頂上にある歴史館(旧小牧城だと思う)の土台となっている石垣を写真に撮りました。
野積み、もしくは乱積みと呼ばれている積み方で、全国各地の城郭においてはもっと大規模に積まれていますが、たとえ小規模であっても一つの大原則があります。
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石の角が4つ集まっている箇所はないということです。
三叉路はあっても四つ辻はありません。上物および石自体の重力で安定は保てるものの、地震の横揺れ等を考慮した場合に崩れにくいという先人の知恵が凝縮されているのです。

薀蓄をたれてしまいましたが、山登りをしていても石にまつわることをあれこれ考えてしまう石おじさんです。
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芸術作品を作ろう!
の3rdバージョンであります。
前2作同様、頭の中にひらめきました。

石彫というのは、粗造り段階であってもある程度具体的な形になるまでに
時間がかかってしまうのが難かな、と今回痛感しました。

最初のイメージが持続しない、少し変更したくなってしまう、そしてそれが良いことかどうか悩みだすと、そこから一歩も前に進まなくなってしまう。
産みの苦しみと言う奴ですかね。
石に限ったことではないでしょうけど、何かを創造しようとする時には避けて通れないジレンマかもしれません。
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ヒントになったのは「天使の階段」あるいは「ヤコブの梯子」などと称される、例の雲間からの曙光であります。
少し天邪鬼的ですが自分が描いたイメージとして光ではないもので表現しようと思い、直線的にならないように作成しました。

各中継点にあるのは「神殿」・・・のつもりであえて抽象化しました。
(小さくごちゃごちゃして、いったいこりゃ何だい?となってしまってるかも)

降りるのか上るのか? 天使が降りてくるのか天使のもとへ上っていくのか?
見る人それぞれの心理状態、見たときの心理状態、その時々で解釈は異なりますが、それで良いと思います。
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コヤスケの次は鑿の出番です。
この道具も、セットウの芯を頭に正確に当てるのがなかなか難しい。
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石屋小僧は、鑿を持つ手に血豆を作りながら習得します。
セットウを振るうほうの手も、振り上げる腕力が必要なのはもちろん、掌が柄で擦れるため、水ぶくれや豆が出来ます。

指の付け根の豆がタコと化して硬くなる頃に、ようやく一人前かなぁ。
リズム良くハツれるようになるには、
文字通り血のにじむような試練が要る
という事です。

リズムが良いということは、セットウと鑿の芯同士が当たるということであり、反発力が増すため、振り上げる力が少なくて済みます。

お年を召した職人さんが結構な長時間にわたってカンコンと鑿音を響かせることが出来るのは、その反発力を利用して体力の消耗を最小限に抑えているからなんですね。

白く筋がつくのは、上から順にハツり下ろしているからです。
こぶが多いところは力をこめ、少ないところは軽く流し、コッパ(木っ端=破片、削りカス)の大きさは力加減によってその都度違います。もちろん石の材質によっても違いますが。

端から順に幾本もの筋が出来ていくに従って、荒削りながらも凹凸の度合いが少なくなり、平らに近くなっていきます。
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芸術作品を作ろう
の2ndバージョンであります。
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頭に浮かんだ構図を元に心象風景を形に表そうとしたのは、「波の上」と同様です。

いまひとつ思ったのと違うのが出来てしまい、少々不満の残る作品となってしまいました。
波打ち際から雲上を経て、紆余曲折、山あり谷あり、人生を表わすぞ!

意気込みは良かったのですが、う~ん、いまひとつ表現し切れなかったというか・・・
ニュアンスは何となく伝わるのではないかと思うのですが、如何なもんでしょう?
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写真も何となくうつりが良くなくて・・・
でも、一応作品として発表したので紹介しておきます。
何ともはや、コメントまでもが歯切れが悪くてとっても自己嫌悪です。
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妻と山へ行きました。
登山というほど大げさではないのですが、山歩きも趣味としております。

「遅ればせながら」というご挨拶に挿入した写真も、新嶽山に登ったときに出会った石仏群の一部です。

10メートルから50メートルおきぐらいに『○○童子』や『○○天子』などという石仏が道案内するかのように鎮座していました。

何十体あったんだろう?
20を越えたあたりで数えるのをやめてしまいましたが、
50体ほどあったのかなぁ???何せたくさんでした。
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彫ってある文字はどれも風化が激しくて殆ど判別不能でした。
古い!ってことですね。
江戸時代以前に作られたものは、加工しやすいように軟らかい石を使ったということもあって、良く言えば風情を感じる、意地悪く言えばなんだコリャ、という感じです。

まあ、信仰心厚い人たちが真心こめて山奥まで運んだわけですから
あまり茶化した言い方は良くないですけど・・・
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年に1~2度は有名どころの高山、月に1~2度は近隣の低山に親しもう、
というペースで歩いています。

山というのは信仰の対象ですから、石仏はあちこちに存在します。
山頂の銘板などについても変わったものがあるかもしれません。

見つけたら紹介したいと思います。
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芸術作品を作ろう
と思い立ったのです。

フッと頭に浮かんだ構図を元に、心象風景を形に表そうと奮闘しました。

波の上に椅子

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椅子から発生したバブルが波の一部となって大海へ出て行くのか、
はたまた岩に打ち寄せた波がその精気を取り込むかのように椅子に飲み込まれていくのか。
・・・

どっちもアリですよね。
見る人それぞれに何かを感じてもらえれば、と思います。
作った本人がな~んも考えてないというか、解釈、注釈の言葉を用意していないという始末なので。
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当初は「回帰熱」と名づけました。・・・題としてはどちらがベストなのか・・・いまだに悩んでおります。
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妹の家の新築祝いに送りました。
あっても邪魔にならないもの、できれば実用的なものを、と考えたときに、まぁオーソドックスではありますが傘立てにするかぁ、となったわけです。

3世代同居という環境であり、比較的和風の家になることがわかっていたので、昔ながらの伝統的なものを選択しました。

写真ではちと解りづらいですが、かえるが6匹登場します。
六匹の蛙→六かえる→むかえる→迎えると言うわけであります。
普通は玄関先に置かれてますからね。

背中におぶさったのや、仰向けのもの、大きさを変えることはもとより、葉っぱを添えたり水を表現したりなど、構成に少しばかり悩みましたが、まずまずの出来映えです。(自画自賛)

石に擦れて、傘が傷まないよう、接触する部分は磨いてつるつるにしておきました。
底にはクッション材を敷いて、もちろん水抜き穴も忘れずに。
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時々訪問すると、しっかり役目を果たしているようです。
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Oさんについてはたくさん書けると思いますので、あえて最初から番号付けをしました。
Oさんは、私が工場の片隅を借りて作品を作るのを快く承諾してくれた人です。e0118846_17561458.jpg
石屋の親方!
過去に14年程、職人としてお世話になっていましたので、その縁です。

円満退職したのでわだかまりなく付き合うことが出来ます。感謝感謝。

そのOさん、夢追い人なんですね、これが。
今日も少し作業をしようと出かけたら、工場の中は大きな石だらけ。
7~8トンはありそうなのがごろごろしてました。

山から切り出してきた丸っこいのを、切削機でスラブ材(板状)にしているところでした。

なんでも、現在の国産最高級クラスといわれている庵治石(香川県)に良く似た色目の石を産出する山を見つけたので、石目が揃っているかどうか、瑕があまりないかどうかを確認した上で、墓石にして販売するとのこと。

以前にも、この石は良いぞぉ、とばかりに今回とは別の石に投資をし、結構散財したはずなのに、またやってるんですねぇ。

新たな可能性を求めて突き進んでいく姿は、なるほどすばらしいもんです。
が、従業員は大変です。
実際、前回の時は私、エライ目に合いました
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石屋道具について、ポツポツと紹介していきます。
写真では機械で直方体に切った石を使っていますが、電動工具や切削機がない時代の石屋さんは、ゴツゴツした粗石の状態から、全くの手作業で製品を作っていました。平らな面を一面作るために、多くの時間と労力をかけていたんですねぇ。

現代では様々な便利な道具を使いますが、彫刻品の作成や据付現場でのちょっとした加工など、昔ながらの道具が活躍する場はなくならないようです。

モデルを務めてくれたT君に感謝します。


セットウ&コヤスケ
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石を加工する場合、まず持ち出すのがこの二つです。
荒取りをする、コヤスケをかける、と言います。

セットウは石屋が使う鎚、コヤスケはその補助具といったところでしょうか。

一度にたくさんハツリたいとき(ハツる=削り取る)や真っ二つに割りたいときには、ゲンノウとよばれるものを用います。
セットウを、より大きく重くした道具で、両手で持って振り下ろします。
杭打ちや家屋解体現場などで使う、カケヤのようなものです。

慣れないうちは、コヤスケの頭にセットウの芯がなかなか当たりませんので、思ったようにハツることが出来ません。
次項に紹介予定のノミ(鑿)同様、数をこなして体で覚えるしかないですね。
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まぁ、一般的なものですわな。
実用本位。

石の荒々しさを生かしつつ
縁取りは砥石仕上げで鉢らしくしました。

制作に要した時間は7~8時間程、1~3時間ずつ4日にわたって作業しました。

表面はバッコン、バッコンとハツるだけ、
時間がかかったのは見えなくなるところ、つまり穴掘りであります。
機械をふんだんに使えばそれほど時間がかからないのですが、そこは趣味でやっている良さと言うか歯がゆさと言うか・・・

なるべく昔ながらのやり方で、手作業を心がけました。
道具類を借りている手前、高価なダイヤチップ等、消耗品の使用を極力控えたわけです。

妻の友人に送りました。

お庭にマッチしたらしく、
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とても喜んでもらえましたよ。
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